僕が闘病生活を通じて得られたものを、同じ病気と闘っている患者の方や、サポートする方全員に知ってもらいたい | 生存率1%の脳幹出血と脳梗塞による失語症を克服した上西のブログ

生存率1%の脳幹出血と脳梗塞による失語症を克服した上西のブログ

誰かのために、何かをしたい。支えてくれた家族が力をくれた。この経験を同じ病の方のために役立てたい

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僕が闘病生活を通じて得られたものを、同じ病気と闘っている患者の方や、サポートする方全員に知ってもらいたい

突然やってきた脳の病気

僕の自己紹介と、僕が経験した脳の病気についてお話しします。

僕は1982年(昭和57)、大阪府に生まれました。
高校までを大阪で過ごし、卒業後はプログラマー(システムエンジニア)として働きはじめました。

そんな普通の人生、普通の生活を送っていたある日、僕は突然病気に襲われました。

2011年1月20日、28歳だった僕は突然AVM(脳動静脈奇形破裂。いわゆる脳幹・延髄出血)を発症。その約2年後となる2013年3月15日には脳血管撮影検査中に脳梗塞を発症してしまったのです。

でも、それから約4年後の2017年10月現在、僕は結婚し子供にも恵まれ、発症前とほとんど同じ生活を元気に送っています。

どんなときも希望を失わず、医師やサポートしてくれる人たちと一緒にリハビリに打ち込めば、必ず脳の病気は克服できる。

諦めずに、自分にできることを精一杯続ければ必ず乗り越えられる。

僕のブログでは闘病やリハビリの記録とともに、「どんなときも決して諦めない」というメッセージもお伝えしていきたいと思います。

 

【脳幹出血】ICUから個室(重症部屋)へ移動したときの様子

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ICUから個室に移った直後の僕です。このときの記憶は全くありません。また水頭症になっていたため、ドレナージ(頭蓋骨に穴を開けました)を使い頭の中に溜まってしまう水を吸い出す処置も受けていました。さらにこのときは自発呼吸もできなかったので、気管切開をして酸素を入れてもらっていました。

「信也がんばれ!信也なら回復してくれる……」という気持ちで父が撮影してくれた写真です。

 

主治医の説明書

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「脳動静脈奇形」という、生まれつき血管の動脈と静脈が繋がっている病気があります。僕の場合はその血管奇形が脳幹部にあり、それが何かの拍子に破裂してしまったのでした。

 

急性期病棟からリハビリ病棟へ転院する日の朝

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僕の生命を救ってくれただけでなく、生きる希望も与えてくれた主治医の先生と。

転院当日の朝、先生に「身体機能はリハビリでしか改善しない。苦しいかも知れないけれど、一生懸命リハビリに励んでほしい!」とエールをもらいました。

 

【リハビリ病棟】脳幹出血発症から2カ月後の歩行動画

発症から2か月後。リハビリに励む僕の姿です。発症時に左脚、左腕が麻痺に近い状態になったため、このときもまだぎこちない動作になっています。

身体機能を司る小脳にもダメージを受けてしまったために身体のバランス(平衡感覚)が失われ、つねにフラフラしていました。現在でもフラつきは完全にはおさまっていませんが、苦手な動作を極力避けるようにして生活すれば問題ない程度になっています。

 

脳幹出血から2年後の検査入院で、脳梗塞を発症し失語症になる

2013年4月9日_診断書_会社提出用

2013年4月9日_診断書_会社提出用

このときは本当に「まさか!」という言葉しかありませんでした。
脳幹出血発症から2年後、脳の検査を受けている最中に今度は脳梗塞に襲われてしまいました。右目が見えなくなり、さらには文字の読み書きも一切できなくなってしまったのです。

このときばかりは僕も「どうしよう」と途方に暮れる思いでした。

でも経験者は強いです。僕には脳幹出血を発症した後、リハビリに打ち込んで回復していった経験から「急性期から回復期にかけてのリハビリが何より大切」だと肌身で理解していたのです。そのため今回も可能な限り多くの時間をリハビリにあてました。

その甲斐もあってか、脳梗塞発症から1か月後には職場復帰を果たし、さらに半年後にはほとんど元通りといっていいくらい文字の読み書きができるようになりました。目の視力も元通りに戻りました。

脳梗塞を発症した際の状況については「カテーテル血管撮影検査中に脳梗塞を発症!最も恐れていたことが起きてしまった……」に詳しく書いています。

 

【歩行動画】脳幹出血を発症してから4年後の僕

元気に歩いています。
急な方向転換はまだ苦手ですが、普通に歩けるようになりました!僕が脳幹出血や脳梗塞を発症した元患者であるということは、この姿からは誰にも気づかれないほどに回復しました。あきらめずにリハビリに励めば、ここまで回復できるのです!

 

【走っている動画】脳幹出血を発症してから4年後の僕

もう普通に走ることができます。
夏場は夜に30分ほどランニングをしています。ちなみにちょこっと映っている子供は私の子供です!脳幹出血・脳梗塞を発症した後に授かった子です!

 

【車を運転している動画】脳幹出血を発症してから4年後の僕

普通に運転しています。
長時間の運転もできるので3か月に1回くらいの頻度で家族旅行も楽しめるようになりました。

 

結婚しました!子供もできました!

脳幹出血を発症したのは、なんと結婚式場の仮予約をした6時間後でした。
闘病やリハビリも支えてくれた婚約者と無事に結婚式を挙げることができました!
新婚旅行でハワイにも行きました!

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ワイキキビーチにて。

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ダイヤモンドヘッドの頂上にも歩いて登りました!

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子供にも恵まれました!元気な男の子。妻のお腹には二人目の子が!弟ができるようです。

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発症から5年後の僕。息子と買い物へ

 

最後に

最後に、僕自身の経験からぜひ皆さんにも知っておいてほしいことがあります。

それは「大きな病気やケガをすることは必ずしも人生のマイナスにならない」ということです。

僕自身、二度の大病を経験したことで、今振り返ってみると人間として一皮も二皮も剥けたと思っています。他人にも親切になれました。街中で困っている人を見ると放っておけなくなりました。

もちろん、以前にもまして家族や友人にも優しくなれました。無用な人間関係のトラブルにも巻きこまれることもなくなりました。信頼できる多くの人たちに囲まれ、笑顔で過ごせることも多くなりましたし、一日を感謝の気持ちで過ごせるようになりました。

仕事で無理難題を要求されることももちろんあります。
そんなときでも、「あの大病を克服できたのだから」と、自信をもって踏ん張ることもできるようになったのです。

『人生山あり谷あり』とはよく言ったもので、長い人生生きているなかで幸せなときもあれば辛く苦しいときもあります。

脳幹出血・脳梗塞を発症したときは、まさに人生のどん底に突き落とされたようにお先真っ暗な気持ちになりました。でも考えを変えて「人生はクリア型のゲームだ」と思って、困難に直面したときこそ、諦めたくなったり逃げ出したくなったときこそ、歯を食いしばって乗り越えればその先にはきっと成長した自分がいます。いままでより一回りも二回りも大きくなった自分がいるのです。

僕自身、脳幹出血と脳梗塞という二度の大病を克服した実体験からも、自信を持ってお伝えできます。

「ピンチはチャンス」です。どんなピンチでも、あきらめなければ乗り越えられます。

僕のブログでは、そういった熱い想いをたくさん記事にしています。
いま辛い思いをしている方も、僕のブログを読んでいただくことでいまよりも前向きな気持ちになれると思います。

ぜひ、あきらめずに、強い気持ちをもって生き抜いて、勝ち抜いてください。